ベッキー、紀香・・女に嫌われる女が私たちに教えてくれること

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2016年はまれにみる「バッシング報道」の年です。

そんな中注目したいのが、「叩かれない人・叩かれる人」の差。

同じようなことをしているのに、その後の対応一つで炎上度合いが違ってきますが、その決め手は!?

それを分析していると、「女に嫌われる女」が必ずしている行為に行きつきました。

「女に嫌われる女」は「私がどう見えるか」考えすぎている

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「同じようなことをしたのに叩かれない人・叩かれる人」の違いが判りやすいのは、やはり不倫報道のあった男性の妻の対応でしょう。

2016年は多数報道がありましたが、その後の妻の対応でバッシング度合いが変わってきたことが特徴的です。

火に油を注いだ乙武さん妻と金子議員の違いは?

妻の対応でバッシングが強まってしまった乙武さん。

夫の不倫報道に対して「妻としての責任」を認め、謝罪をしたことが原因です。

反対に見事、夫の騒動の鎮火に成功したのは金子議員。

「恥をかいてこい」の一言に称賛が集まりました。

さて前者の乙武さん妻の対応は、何が世間の反感を買ったのかと言うとやはり「共感性」の低さや「作ってる感」。

「控えめで夫を支える妻」をイメージさせる文面でしたが、あまりにも不倫された妻の心境から程遠い言動に、「キレイなこと言ってるけど、絶対嘘!」と言いたくなってしまいます。

もしかしたら本当に罪悪感を感じているのかもしれないのですが、それを想像させる人間臭いストーリーも、後出しだと素直に受け入れてもらえないのが悲しい所です。

翻って金子議員の「恥をかいてこい」は公式に発表されたコメントではなく、夫の口から語られた内容。

そのことはこの発言が、「作られていない本当の感情を表した言葉」だということを表しています。

またこの発言からは、「腹が立つしムカつくけど、しょうがないから許してやる!」という金子議員の正直な気持ちを読み取ることが出来るので、金子議員の立場に立ってその辛さを理解しようとすることが出来るのです。

つまりバッシングされる・されないの決め手は「共感」を感じられるかどうか。

「美しい対応だけど作られている感じがする」ものは今や非難や憎悪の対象で、むしろ「美しくなくても共感できるもの」の方が受け入れられているのです。

特に女性は、立場を共感することで仲間意識を作ります。

だから女性にとっては言動の正しさ・美しさよりも「共感できるか」の方が相手を評価する上で重要だったりするのです。

「女に嫌われる女」はこの点を読み間違えて、「理想の私作り」に熱中し過ぎてしまっています。

「女に嫌われる女」が陥る、他人の目を気にし過ぎて「私しか見えてない」という矛盾

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この「女に嫌われる女」がしてしまう「理想の私作り」。

これはそもそも、「他人の目」を意識し「他人から好かれるための行為」です。

それなのに彼女たちはいつしか「現実の他人の目」を忘れて「彼女たちが想像する他人の目」で自分を見始めます

それが彼女たちの不幸の始まりかもしれません。

2016年、「自分の作ったイメージにこだわりすぎて失敗した」女性と言えば、ベッキーさんと藤原紀香さんが挙げられるかもしれません。

ベッキーさんは、「視聴者が受け入れるはず」とベッキーさんが思った「理想の私」を作りすぎて、バッシングの的となってしまいました。

藤原紀香さんも、紀香さんの考える「憧れられる女性像」を追いかけていますが、なぜか「女性の憧れ」からはそれて行ってしまっています。

2016年のバッシング報道は、このように「他人の目を意識したイメージ作り」がいかに無意味であるかということを示しているのです。

私たちが意識する「他人の目」というのは、実体の無いもの。

しょせんは私たちそれぞれの頭の中にある思い込みや知識が作り上げているに過ぎないものなのです。

私たちも、つい「こんなことをしたらどう思われるかな・・」などを考えたり、自分の気持ちを押し殺して世間体を優先した行動を取りがちです。

でも、こんなことをしても無意味だということですね。

だって実際に私たちの行動を評価する「現実の他人の目」は、いつも私たちの想像を超えた動きをするのですから。

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