せっかく離婚したのだから、これからは「不真面目」に生きよう

離婚をして苦しみを抱えて、なかなか立ち直れずにいた時、がんばって「正しい人生に戻ろう」と努力しました。

それは「普通で、常識的で、正しい人生」を歩んで、離婚という失敗を咎められないようにするため。

でもがんばっても、がんばっても、何事も無かった頃には戻れません。

それで私は「正しい・あるべき」に従うことを止めました。

そう、せっかく離婚したのです。

これからは、世間の「こうあるべき」に囚われず、自分を責めず。

世間に「不真面目」だと言われるような生き方をしたって良い。

そう思ったら、苦しみから立ち直ることが出来たのです。

「離婚は大きな過ち」ではないし「元夫を恨んで」もいい

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私が離婚したてのころ、自分が離婚したことを重大な過ちを犯したように感じていたものです。

普通に学校を卒業して正社員として就職し、結婚して子供も生まれた順調な人生だったのに。

これからも順調であるべきだったのに。

私は、離婚したせいで「正解や賢い生き方や、常識的な生き方から外れてしまった」と感じ「そんな自分はダメだ」と思っていたのです。

それで私は、離婚という失敗を取り消そうと、

より真面目に、子育てを頑張るシングルマザーとして

元夫も恨まないように

仕事もバリバリ頑張って・・

そして疲れ果てました。

「正しく、あるべき常識に従い、常識的に生きればこの苦しみから逃れられるはず」

そう思っていたのに、結果は逆でした。

世間的に正しく生きても、心に抱えた苦しみは消えません。

常識的に生きても、あなたが抱えた悲しみや罪の意識は癒されません。

苦しみを消して、悲しみや罪悪感を癒すのは・・

あなたが離婚という失敗を受け入れて、元夫への恨みも怒りも認めたとき。

そのためには、「正しさ」なんてクソくらえ。

みっともなくても、みじめでも、恥ずかしくても。

引きこもって、暴れて怒って、思い切り恨んで、泣いて、好きな人に甘えて、好きな物を食べて。

世間的に見て頑張ってなくても、しっかりしてなくても、気にしなくて良かったのです。

せっかく心に向き合う機会を手に入れたのだから、もう無視しないで

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私にとって離婚は、はじめての挫折といえるかもしれません。

そして同時に、初めて「自分の感情や閉じ込めてきた欲求、恐れ」と向き合う機会でした。

みじめさ、無力さ、無能さ、醜さ、怒り、寂しさ、不安、悲しみ・・

これらと向き合うのは、失敗を恐れて常識的に生きていた私には、恐ろしいことです。

でも離婚がそのフタを取り去って、向き合わざるを得なくさせました。

それなのに私がまた、「常識、こうあるべき」にこだわっていたら、どうなっていたでしょうか?

せっかく取れたフタを、また閉めなおして・・

今度は取れないように、絶対取れないように!と、ますます感情を押し込める。

でもそれで終わりではありません。

その後にきっと、離婚よりも、もっともっと苦しい「感情と向き合う機会」が私に訪れていたでしょう。

離婚は、せっかく私たちに、自分と向き合う機会をくれたのです。

だからもう、他人の目や常識にこだわらず、失敗しないことにこだわらず、

自分の心を見つめながら生きていけば良いのです。

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