「再婚したい・できない」まで、子供のせいにするな

私が違和感を持つセリフのひとつに

「子供が兄弟をほしがってるから(再婚したい)」

というものがあります。

これを聞くと、

え、自分がしたいんでしょ?

こう言えばみんなが納得してくれると思ってるの?

と、思います。

「再婚したい」も「再婚できない」も、わが子を思ういい母親のふりをして子供のせいにするのは、私はイヤなんです。

いいお母さんのふりをした「本当は私が再婚したい」「怖くて再婚できない」

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テレビなどで、シングルマザーが再婚についてこう語る時があります。

「子供が兄弟ほしがるから」

「子供には父親が必要だから」

こんな理由をつけることで、まるで

「再婚は『私の』ではなく『子供の』幸せのため」

と言いたいよう。

でもそんな子供思いのお母さんは、離婚するときにも子供の意思を尊重したのでしょうか?

もしくは離婚も「子供が『離婚したほうがいい』と言ったから」なのでしょうか?

・・わかりません。

こう言う人も、本当に子供の幸せを考えてのことかもしれません。

だけど少なくとも私が「子供が」「子供のために」というときは、

「私が」

そうしたかった時、そうしたい時。

私が「子供のために、温かい家庭が必要・・」と言えば、それは『子供のため』じゃなくて『私のため』という意味。

私が「子供が彼に馴染めるか不安だから、再婚できない」と言えば、「私が彼では不安だから再婚できない」という意味。

あなただったら、どうでしょうか?

とても便利な「子供が〇〇だから」の言い訳

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再婚云々だけでなく

「子供のために、別れられない。」

→「私は、別れない方がメリットが多いと思っている。」

「子供が寂しがるから、実家を出られない。」

→「私が『子供が寂しいんじゃないか』と不安だから、実家を出られない。」

「子供がまだ小さいから、仕事ができない。」

→「私はまだ働きたくない。」

お母さんって、便利です。

「子供が」って言えば、子供思いのふりをして

「離婚したい・できない」も

「再婚したい・できない」も

「仕事したい・できない」も

自分の好きなように判断できる。

お母さんじゃなければ、

親が

夫が

彼氏が

会社が

となるところだけど、「子供が」に勝る説得力はありません。

でもここでの落とし穴は、「子供のために」が無意識に定着しすぎて、私たちの人生の結果が「子供のせい」になってしまうこと。

「あなたのために、別れたんだよ。(孤独なのはあなたのせい)」

「あなたのために、お父さんと我慢して暮らしたんだよ。(苦しんだのはあなたのせい)」

「あなたのために、家にいたんだよ。(活躍できなかったのはあなたのせい)」

「誰かのために」は、簡単に「お前のせいで」に変わる。

だからいつも、決断は「私が」から始めたほうが、いいですね。

そして「私が」から始めた決断は、たいてい納得のいく結果に終わるのです。

(それは「私が」「自分のために」決めたから)

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