配偶者がいない。
お金がない。
時間がない。
助けてくれる人もいない。
こんなどん底のときもある、シングルマザー。
でもどん底だからって、みじめなわけではありません。
本当にみじめなのは「何かがないこと」ではないのです。
どんなにどん底でも、「私はみじめなシングルマザーだ」なんて言わないで
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子供が不登園になり、会社を辞めたころ。
兄弟から言われた言葉で、忘れられないものがあります。
それは
「みじめだね。」
というたった一言。
心に突き刺さる、とても冷たい言葉でした。
結婚生活に失敗し、子供も問題を抱え、経済的にも行き詰まる・・
というのは、確かにどん底の状態です。
私もあの時、その先の人生を生きていく自信を失くしていました。
でも今になって思います。
当時は確かにどん底だった。
問題ばかりで、辛い時期だった。
だけど再起しようと奮闘していた私は、みじめではなかった。
みじめとは、「見ていられないほどに哀れなさま」を指しますが、私にとってそれは
自分を殺しながら現状に甘んじること
不満や愚痴が一杯の人生を送り続けること
誰かを憎しみながら生きること
自分の力でなんとかしようとしていた私は「全然みじめじゃない」と、当時の私に言ってあげたいのです。
「自分はみじめだ」と心が折れそうな時に、思い出したいこと
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いま振り返り、私が一番「みじめだった」と感じるのは、自分の心を誤魔化しながら結婚生活を続けていた時です。
その時は、お金の心配もなく、恵まれた仕事もあり、持ち家もありました。
でも私の心の内では、
元夫やその家族への憎しみ
結婚への後悔
それらから逃げるための物欲・金銭欲・出世欲
これらのものが渦巻いていました。
つまり元夫を恨んだり憎んだりしながらも、金銭的や物質的に彼を利用していたのですが、これは本当にみじめで浅ましいことでした。
冷めきった夫婦なら、当たり前?
そうかもしれません。
だからこそ、いま自分のことを「ダメだ、負け犬だ、みじめだ」と感じているシングルマザーがいるのなら、伝えたいのです。
もしも今、金銭的に、物的に、状況的に苦しくても、
自分の力で人生を変えようとしたシングルマザーはみんな勇気と誇りのある人たち
なのです。
目に見える状況、物的、経済的状況だけが、その人の素晴らしさを表すものではありません。
むしろそこに捕らわれず、どう生きるか。
自分のことを「みじめだ」と泣きたくなる時は、
あなたが「何を考えてシングルマザーを選択したか」
を思い出し、あなたの中の誇りを取り戻してください。
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